「ひとたすけてわが身助かる」ということ



湿気の多い日が続きますね。梅雨明けは間もなくでしょうか。

突然ですが、私は教会の子として育ちましたが、教理のことについて理解していないことがたくさんあります。

幼い頃から、いわゆる用語だけが先行して耳に入って来てはいたものの、今でも理解できないことがたくさんあります。

「ひとたすけてわが身たすかる」というのも、その一つです。

なんのこっちゃです。

内向きのベクトル


実は最近、心沈む出来事があり、心が内向きになっていました。
内向きになると、自分としか会話していないようなもので、
「自分はああだ、自分は・・・」と、自分に起こったことや、
さらには過去のことに遡ってまで考えるようになりました。



ある程度沈んだ時(←ここ大事!)、ふと我に返りました。

経験則として、自分としか会話しないというのは、
たいてい偏った考えに至るもので、
不足(文句)が増えたりと、大抵いい結果にはつながりません。
みなさんも多少の経験があるのではないでしょうか。(ありますよね?!)



外に目を向けたら・・・


仕事をしている間は、心がニュートラルになる状態っていうんでしょうか、
内向きの心が少しまぎれていました。

その時ふと「ひとたすけてわが身たすかる」という言葉を思い出しました。

もしかしたら、内向きのベクトルを外に向ける手段として、
「ひと助け」が最適なんではないかなと。

そう思いました。

(あくまでも私個人の解釈です。天理教の解釈としては違っているかもしれません。正しくは会長さんに聞いてみてくださいね。)

そんな中、義母が腰痛で大変だったこともあり、母に紹介してもらっていた病院へ連れて行きました。

結果は、私の勘違いで違う病院に連れってしまったのですが(笑)、
それでも症状は改善し、喜んでくれていました。

人助けというほどのものではありませんが、
このちょっとした出来事が、内向きのベクトルの向きを変えてくれた気がします。


後からじわじわくる(こともある)


こんな話は人生の先輩方にとっては当たり前のことで笑われるかもしれませんが、
幼い頃から染み込んだ言葉が、いつの間にか行動の指針になっていることもあるんだなぁと思い、恥を承知で記事にしてみました。

器の小さい話ですみません。

しかし、あらためて考えるとインパクトのある言葉ですね。
キャッチコピーとしてもセンス抜群ですね。

では、また。